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第286回見学会『甲斐国関原峠周辺遺構を踏査する』(5月17日開催)の報告

往時を忍ばせる関原峠古道

往時を忍ばせる関原峠古道

判然としない遺構に参加者も⁇

判然としない遺構に参加者も⁇

洞山遺構 宗教施設跡と思われる

洞山遺構 宗教施設跡と思われる

中央の鞍部左側が関原峠(標高895m)<br />&#160;

中央の鞍部左側が関原峠(標高895m)
 

 

令和8年5月17日に第286回見学会「関原峠周辺遺構を踏査する」が開催されました。

今回の参加者は12名と少し寂しい人数でしたが、参加された方々はいずれも健脚の“猛者”ばかり。

今見学会は従来の明確に城と認知された城に赴き見学するのではなく、山梨県中央市にある豊富郷土資料館の館長をつとめられている内藤和久氏ら地元研究者グループにより近年発見された城郭の疑いのある遺構を参加者全員で踏査し、遺構の形状、地理的環境などを見て、先行研究者の考察を参考にしつつ各々の意見を論じ合うという企画です。ただし比高550mの登山と、急こう配連続の下山ルート、全行程約10km6時間におよぶ山道の踏破という静岡古城研究会の歴代見学会の中でも最難度となりました。

今回も市沢さんのバスに乗せていただき、午前8時にJR静岡駅を出発。東名、中部横断自動車道を経て山梨県中央市に平成31年にオープンしたサッカーグラウンドであるYSKe-comシルクパークに到着。ここでバスを降り10時30分に関原峠を目指して登山開始。

正午過ぎに最初の見学地である標高895mに位置する関原峠砦に到着。関原峠砦については「甲斐国志」にわずかに記録があるものの、場所については明確ではなく東西に長い遺構の南北面に土塁状の盛り上がりが確認でき、東側の土塁の延長上には桝形虎口状の方形空間が存在する。先行研究では「徳川系」「北条系」との意見があり天正壬午の乱において構築されたものとの見方もあります。今回、実際に現地を踏査した参加者により意見交換がおこなわれたわけですが、砦遺構とするには否定的な意見、天正壬午の乱よりもっと古い時代のものとする意見などが聞かれました。

次に向かったのが関原峠砦の東側から北に伸びる尾根を下った標高764m付近に位置する洞山遺構です。こちらの遺構は今見学会の資料と情報提供をいただいた内藤氏らの研究グループにより令和5年に確認された遺構で、城郭の可能性は低いものの宗教施設もしくは遮断施設の可能性を指摘されている遺構とのことです。参加者は遺構のみならず周辺尾根も下る悉皆調査を実施した上でやはり修験に関係する場所である可能性を指摘する声が聴かれました。

最後に訪れたのは山の下り口となる七覚五社権現にある遺構です。五社権現は観応の擾乱、永正期の今川軍侵攻において兵火に遭っており行者堂・六角堂跡北側の削平地、北斜面の4段の階段状の削平地が城郭遺構の可能性があるとされています。ここに到達するころには登山開始から6時間が経過し、さすがの参加者の皆さんも疲労の色が濃くなっておりましたが、城の猛者たちはしっかり踏査して「城郭遺構で間違いない」「南北朝期よりも永正期に武田か今川により築かれたものではないか」など意見を出していただけました。

今回はただ案内を受けて見学するだけではなく、踏査してそして考える事をテーマにした企画でしたが、参加者皆さんの城感、城論を聞くことができた有意義なものでしたのでまた機会があれば実施したいと思います。 (報告:望月 徹)
 

最終更新日:2026-05-28